加藤登紀子はなぜ左翼と呼ばれる?夫・藤本敏夫との獄中結婚と現在の真相
加藤登紀子さんの人生を語る上で避けて通れないのが、夫・藤本敏夫氏との劇的な愛の軌跡です。藤本氏は、1960年代後半の学生運動で主導的役割を果たした「ブント(共産主義者同盟)」の書記長であり、全学連(全国学生自治会総連合)の委員長を務めた伝説的なアジテーターでした。
二人の出会いは1968年、東大紛争のさなかに加藤さんが企画したコンサートへの出演依頼がきっかけでした。体制への反逆者として警察に追われる立場だった藤本氏と、若手スター歌手だった加藤さん。二人が恋に落ちるのに時間はかかりませんでしたが、やがて藤本氏は公務執行妨害や凶器準備集合罪などで逮捕され、実刑判決を受けることになります。
世間を震撼させたのが、1972年に世間を騒然とさせた獄中結婚でした。服役中だった藤本氏と獄中で婚姻届を提出し、長女を出産。芸能界やマスコミからは「前代未聞のスキャンダル」「歌手生命の終わり」と猛烈なバッシングを浴びました。しかし加藤さんは当時の手記で、「思想に惚れたのではなく、藤本敏夫というひとりの生身の人間に惚れた」と語っています。この圧倒的な覚悟と生き様が、後年まで続く「反骨の歌姫」というパブリックイメージを決定づけました。