岸部一徳の若い頃が超イケメン!Gs王者から名優への転身劇と現在
岸部一徳の音楽キャリアを語る上で欠かせないのが、当代随一のロックスター・沢田研二との半世紀以上に及ぶ深い盟友関係です。1971年1月、爆発的なGSブームの終焉とともにザ・タイガースが解散すると、岸部は沢田研二、萩原健一(ショーケン)、大野克夫、井上堯之、大口広司という、当時のロック界のトップタレントを集結させた日本初のスーパーグループ「PYG(ピグ)」を結成しました。
PYGはアイドル視されていたGSへの反発からニューロックへの脱皮を図った挑戦的なバンドでしたが、既存のGSファンからは「ロック気取り」と罵声を浴び、ロックファンからは「アイドルの残骸」と空き缶を投げ込まれるなど、激しいバッシングに直面します。この過酷な現場において、ステージ中央で激昂する萩原健一や沢田研二の後ろで、冷静沈着に重厚なリズムを刻み続けたのがベーシスト・岸部一徳でした。
その後、PYGの演奏陣を母体とした「井上堯之バンド」において、テレビ史に残る金字塔『太陽にほえろ!』や『傷だらけの天使』のテーマ曲のレコーディングに参加。今日でも耳にする『太陽にほえろ!メインテーマ』のあの疾走感あふれるベースラインは、岸部一徳の卓越した運指技術によって生み出されたものです。スタジオミュージシャンとしても日本のトップクラスに君臨していた彼は、20代半ばにしてすでに音楽家としての頂を極めていました。