東海村臨界事故被害者の真実・未公開記録が明かす83日間の過酷

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事故によって超大量の被曝を被ったのは、作業にあたっていた大内久氏(当時35歳)と篠原克導氏(当時40歳)の2名である。

搬送先の東京大学医学部附属病院には、全国から第一線の医療スタッフが集結した。治療の指揮を執ったのは、救急医療の権威であった前川和彦教授(当時)率いる集中治療チームである。前例のない被曝線量に対し、チームは造血幹細胞移植という当時の最先端医療に望みを託した。

妹からの造血幹細胞移植により、一時は白血球の回復が見られた。しかし、被曝した大内氏の体内に残っていた放射線や激しい拒絶反応は、移入された正常な細胞の染色体までも破壊していった。皮膚は剥がれ落ち、一日あたり数リットルにおよぶ体液と血液が流出する。意識が混濁するなかで発せられた痛切な言葉と、生命維持装置につながれながら闘い続けた83日間の記録は、医療陣の心に消えることのない深い傷痕を残した。篠原氏もまた、211日間に及ぶ壮絶な闘病の末に帰らぬ人となった。

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