国宝『雪松図屏風』の作者は誰?円山応挙が仕掛けた超絶技巧の真実

国宝『雪松図屏風』の作者は誰?円山応挙が仕掛けた超絶技巧の真実について押さえておきたい 理由を分かりやすい構成で解説いたします。

応挙が打ち立てた革新的な画風は、彼一代で終わることなく巨大な流派へと発展しました。これが「円山派」です。

円山派の特徴は、徹底した客観的観察に基づきながらも、日本画伝統の装飾性や親しみやすい情感を兼ね備えている点にあります。応挙は懐に常に写生帖(スケッチブック)を忍ばせ、植物や動物、人物の動きを徹底的に観察・描写しました。死んだ動物の骨格まで研究したと言われるそのリアリズムは、当時の人々に「まるで絵から抜け出してきそうだ」という強烈な衝撃を与えました。

応挙の門下からは長沢芦雪や源琦といった俊英が輩出され、呉春が率いる四条派と融合して「円山・四条派」を形成。近代日本画の父たち(竹内栖鳳ら)へとその DNA は脈々と受け継がれていくことになります。

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