【古代史の謎】豊受大神の正体とは?天照大御神が伊勢に呼んだ驚愕の真相
豊受大神の正体をめぐっては、時代を超えて複数の有力神との「同一人物説」が論じられてきました。代表的な3つの説を比較検証します。
① 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)同一説
鎌倉時代、外宮の神職を務めた度会(わたらい)氏が提唱した度会神道(伊勢神道)において、豊受大神は天地開闢の最初に現れた宇宙根源神「天之御中主神」や「国常立神」と同体であると主張されました。外宮を内宮と同等、あるいはそれ以上の本源神として位置づける神学体系が構築され、中世の思想界に絶大な影響を与えました。
② 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ・稲荷神)との関係
古事記において、豊受比売神は伊邪那美命(イザナミ)の尿から生まれた稚産霊(ワクムスビ)の子とされ、伏見稲荷大社の主祭神である宇迦之御魂神(倉稲魂命)と同系統の食物・穀物神として認識されています。民間信仰の浸透とともに両者は習合し、現在でも「お稲荷さんの総元締め」のような位置づけで語られるケースが多々あります。
③ 瀬織津姫(せおりつひめ)同一説
大祓詞(おおはらえのことば)に登場する謎多き祓戸の女神・瀬織津姫との同一視も、近年の古史古伝研究やスピリチュアルな言説で根強く語られています。水の神・祓いの神としての神威や、正史から意図的に隠蔽された神というミステリアスな共通項から、伊勢神宮の荒祭宮や外宮の荒魂(多賀宮)との習合理論が形成されています。