混浴の裏側と驚きのルール!江戸時代の銭湯が語る庶民の社交学
江戸の湯屋文化の原点は、巨大都市の建設計画そのものに組み込まれていた。1590年代、徳川家康が江戸に入府した直後、平野部を切り拓く突貫工事の最中に最初の公衆浴場が作られたとされる。
木造建築が密集する江戸の町において、個宅での火気使用は常に大規模火災の引き金となり得た。そこで江戸幕府は火元を一箇所に集中させ、公衆衛生の維持と防火対策を同時に達成する手段として公衆浴場業の育成と管理を推し進めたのである。官民の思惑が一致したインフラ事業こそが、世界屈指の風呂好き文化を育む土台となった。