沖縄戦終結の日はいつ?6月23日と9月7日の真相と終戦記念日の違い
沖縄において「終結の日」として最も深く人々の心に刻まれているのは6月23日です。この日は、摩文仁の丘にある軍司令部壕において、日本陸軍第32軍の牛島満司令官自決(参謀長の長勇中将とともに自決)が確認された日とされています(※自決の日時については22日未明説など諸説あります)。
軍の最高指揮官が命を絶ったことで、統一的な指揮命令系統は完全に崩壊しました。これが組織的戦闘終結 理由と位置づけられる根拠です。戦後、琉球政府時代の1961年に公休日として定められ、本土復帰後も1991年に制定された沖縄県慰霊の日 休日 条例によって、県庁や公立学校などが一斉に休みとなる公の追悼日として継承されています。
しかし、防衛研究所や歴史研究者の検証によると、牛島司令官は自決直前に「最後の一兵まで戦え」「遊撃戦(ゲリラ戦)に移行せよ」との命令を残していました。このため、最高指導部が消滅したにもかかわらず、各地の壕に取り残された将校や兵士たちは降伏を選べず、結果として沖縄本島南部を中心に過酷な掃討戦が続くことになりました。