甲斐はどこ?旧国名と山梨県甲斐市の位置・武田信玄の真相を解明
「甲斐国は現在のどこなのか」という根本的な問いに対する回答は、極めて明快です。律令制に基づく令制国としての甲斐国現在の都道府県は、例外的な境界調整を除き、境界線がそのまま山梨県(全域)へと引き継がれています。日本全国を見渡すと、武蔵国が東京都・埼玉県・神奈川県の一部に分断されたり、信濃国が長野県一県としてまとまったりと地域差がありますが、甲斐国は周囲を急峻な山岳地帯に閉ざされた盆地構造であったため、古代から現代に至るまで行政境界がほとんど変化していません。
一方で、多くの人が混同しやすいのが山梨県甲斐市の位置です。甲斐市は山梨県全域を指す呼称ではなく、2004年(平成16年)9月1日に旧中巨摩郡竜王町・敷島町・北巨摩郡双葉町の3町が対等合併して誕生した基礎自治体です。位置としては、県庁所在地である甲府市の西隣に連なり、山梨県の中北部に広がっています。南は平坦な甲府盆地が広がり釜無川が流れ、北は茅ヶ岳や昇仙峡に連なる山岳地帯へと続く、南北に細長い地形が特徴です。
また、日常的に混同される「甲州と甲斐国の違い」についても整理が必要です。「甲州(こうしゅう)」は、中国の行政区分「州」に倣った呼称であり、基本的には甲斐国の別称・同義語として用いられます。ただし現代の実務や商品名において、歴史的・地理的空間全般を指す場合は「甲斐」、名産品や食文化(甲州ワイン、甲州街道、甲州百目柿など)を象徴するブランド銘柄としては「甲州」が選択される傾向が定着しています。