現代の五公五民で一揆は起きるか?令和の国民負担率と江戸時代を検証
X(旧Twitter)やYouTubeのコメント欄では、増税報道があるたびに「もう一揆を起こすしかない」「現代版の打ちこわしが必要だ」といった令和の一揆に対するネットの反応が過熱します。しかし、ネット上でいくら怒りの声が飛び交っても、現実の街頭で大規模な暴動やストライキへと発展することはまずありません。
一揆がなぜ起きないかの理由について、社会学および集団心理学の観点から分析すると、現代日本特有の精巧な統治システムと心理的障壁が機能していることが分かります。
第一に、「痛税感の不可視化」です。サラリーマンの給料からは、自分の手元に現金が渡る前に税金や社会保険料が源泉徴収として天引きされます。一度手にした米を俵に詰めて代官所に運んでいた江戸時代の農民と異なり、現代人は「最初からなかったお金」として処理してしまうため、直接的な強奪感を抱きにくい仕組みになっています。
第二に、「共同体の解体と心理的バウンダリーの分断」です。江戸の農民は「村」という運命共同体で生活しており、連帯責任(五人組)を負わされていた反面、一致団結して領主に立ち向かう強い結束力を持っていました。対して現代社会は徹底的に個人化されており、正規雇用と非正規雇用、現役世代と高齢世代、独身世帯と子育て世帯の間で利害が対立し、分断されています。共通の敵に向かって連帯する基盤が完全に消失しているのです。
第三に、「学習性無力感と制度的出口」です。「選挙に行っても何も変わらない」「反対運動をしても社会は動かない」という諦めが蔓延しており、怒りは行動ではなくSNS上での冷笑や一時的なガス抜きへと消費されます。生存が物理的に脅かされる飢餓状態にない限り、リスクを冒して立ち上がるインセンティブが働かないのが現代のリアルです。