スカイラインジャパンが再注目!ターボ誕生の真相と中古車相場の衝撃
1977年8月に誕生した5代目スカイライン「C210型」は、広告キャッチコピーの「日本の風土が生んだ名車」から、親しみを込めて「スカイラインジャパン」と名付けられました。しかし、その船出は決して平坦なものではありませんでした。当時吹き荒れていた「昭和53年排出ガス規制」の直撃を受け、搭載された2.0リッター直列6気筒SOHCの「L20型」エンジンは牙を抜かれ、牙城であったスポーティな走りに陰りが生じていたのです。
GT-Rの設定すら見送られた苦難の時期、開発陣は執念のブレイクスルーを果たします。1980年4月、国産量産乗用車初となるターボチャージャー搭載モデル「スカイライン 2000GT-E・Sターボ」および上級グレードの「GT-EX」を市場に投入しました。心臓部に積まれた「L20ET型」エンジンは、過給機によって最高出力145馬力を叩き出し、鈍重と揶揄された走りを一変させます。
排ガス規制をクリアしながら圧倒的なパワーと加速フィールを取り戻したこの瞬間こそ、ジャパンが後世に語り継がれる「名車」へと昇華した最大のターニングポイントでした。技術の壁を力技で突破してみせた日産の気概に、当時のクルマ好きは熱狂したのです。