魔女の宅急便とドゥブロヴニクの真相!ジブリ公式見解と絶景巡礼
「キキが旅立ちの夜を経てたどり着いた海辺の街コリコは、クロアチアのドゥブロヴニクである」という言説は、旅好きやアニメファンの間で定説のように語られてきました。しかし、スタジオジブリの公式出版物やオフィシャルサイトに記された見解を紐解くと、事実は少々異なります。
スタジオジブリが公式に発表しているロケハン地(制作にあたって実際に長期取材を行った場所)は、スウェーデンの首都ストックホルムと、バルト海に浮かぶゴットランド島のヴィスビュー(ヴィスビー)です。1989年の映画公開当時の公式パンフレットや、宮崎駿監督の著作・インタビュー記録(『出発点 1979〜1996』など)を検証しても、監督をはじめとする主要スタッフが直接ロケハンに訪れた記録として明記されているのは北欧の地でした。
では、なぜドゥブロヴニクがこれほど強力に「モデル地」として認知されたのでしょうか。宮崎監督はコリコの街を構築するにあたり、「大戦を経験しなかった、いくつかの国や街が混ざり合った理想のヨーロッパ」を創造したと語っています。北欧の堅牢な石造建築だけでなく、地中海や南欧特有の温暖な陽光、リスボンやナポリの坂道、アイルランドの海岸線など、監督の記憶と美意識の中にあるヨーロッパ各地の断片が重層的にコラージュされました。
ドゥブロヴニクは公式な「唯一のモデル地」ではありません。しかし、宮崎監督が別の名作『紅の豚』においてアドリア海を舞台に選んだことからも明らかなように、この海域特有の景観美はジブリ美術の根底と深く響き合っています。現地に立つと誰もが「こここそがコリコだ」と確信してしまうほど、視覚的な共通項が極めて色濃く存在しているのです。