なぜ渡辺芳則と宅見勝に亀裂が?五代目山口組を揺るがした確執の真相
この事件をめぐり、現在でもネット掲示板や都市伝説界隈で囁かれ続けているのが、「渡辺芳則組長が中野太郎に宅見殺害を暗に指示したのではないか」という黒幕説です。トップに君臨しながら実権を奪われていた渡辺が、邪魔になったナンバー2を排除するために側近を動かしたというプロットは、一見すると説得力を持って受け取られがちです。
しかし、当時の警察当局の徹底的な捜査、公判記録、そして後に中野太郎自身が残した証言録を丹念に精査すると、この「渡辺指示説」は極めて信憑性が低いことが判明しています。
第一に、当時の山口組は暴対法の強化により、トップの使用者責任(民事・刑事双方)が厳格に問われる過渡期にありました。ナンバー2を白昼堂々、しかも自らの縄張りである神戸の中心街で射殺させるなど、組長自身にとって破滅以外の何物でもありません。中野会関係者の公判においても、渡辺組長の直接的な共謀や教唆を示す物証・供述は一切得られませんでした。
第二に、渡辺の「優柔不断な政治的振る舞い」が、中野太郎に誤ったシグナルを与えてしまったという構造的要因です。渡辺が日頃から漏らしていた「宅見への愚痴」や不満を、盲従する中野が「親分の意を汲んで自分が手を下すしかない」と独善的に解釈し、暴走に至ったというのが捜査関係者および暴力団情勢に詳しいジャーナリストの一致した見解です。すなわち、謀略による暗殺ではなく、トップの曖昧な態度が生んだ「取り返しのつかない忖度の暴発」こそが真相でした。