なぜ麒麟の川島明は天才と呼ばれるのか?年収億超えの真相と夫婦愛を徹底解説
華々しい活躍を見せる川島明ですが、若い頃の経歴は決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。1999年に結成された麒麟は、結成わずか2年で2001年の第1回『M-1グランプリ』決勝に進出し、無名枠から一気に頭角を現します。しかし、コンビを真の国民的知名度へと押し上げたのは、2007年に社会現象となった相方・田村裕の自叙伝『ホームレス中学生』でした。
当時、数億円の印税を手にしてメディアの主役に躍り出た田村の横で、川島は「じゃない方芸人」として扱われる屈辱を味わいます。当時の特番インタビューや手記において「相方の背中を見ながら、自分には何ができるのかを狂うほど考え続けた」と振り返っています。ここで腐ることなく、ピンでの大喜利力、ナレーション技術、漫画や競馬などのカルチャー知識を泥臭く磨き上げたことが、現在のマルチな才能の土台となりました。
世間では時折「麒麟 コンビ解散しない理由」が話題に上ります。現在、田村は関西を拠点にしたローカル番組出演やバスケットボールスクールの運営、YouTube活動など実業家としての側面を強めており、東京で多忙を極める川島とは活動領域が大きく異なります。それでも解散しないのは、青年期を共に戦い抜いた盟友への深い敬意と、「麒麟という看板があったからこそ今の自分がある」という恩義があるからです。
現在2人の間には、互いの生き方に過剰に干渉しない健全な距離感が保たれています。年に数回のコンビ稼働でも息の合った掛け合いを見せる姿は、昭和的な「四六時中ベッタリのコンビ像」を脱却した、大人のパートナーシップの完成形と言えます。