「お客様は神様です」の嘘と真意|三波春夫の言葉がカスハラを生むまで
「お客様は神様です」というフレーズについて、ビジネス界ではしばしば「経営の神様」と称された松下幸之助氏の言葉だと混同されがちです。しかし、この言葉の正真正銘の生みの親は、昭和を代表する国民的演歌歌手の三波春夫氏です。
記録によると、発端は1961年(昭和36年)、ワイドショーや寄席のステージでの対談でした。当時、司会者兼コメディアンの空間美昇氏から「舞台に立つとき、どんな心境ですか」と問われた三波氏が、自身の芸に対する姿勢を端的に表現したのが始まりです。
三波春夫オフィシャルサイトが掲載している公式見解や、自著『歌藝の天地』などの手記には、次のような趣旨の真意が一貫して記されています。
「歌うときに雑念を払い、心を澄まして神前に祈るような純粋な心境でなければ、完璧な芸をお見せすることはできない。だからこそ、私にとって客席にいらっしゃるお客様は神様なのです」
つまり、「演者が己の芸を磨き上げ、全霊で向き合うための自戒の言葉」であり、「店員が客のわがままを無条件で受け入れるべきだ」という意味合いは微塵も含まれていませんでした。ステージの神聖な空間において、聴衆と演者が結ぶ精神的な境地を語ったプロの美学だったのです。