なぜ着物が消えたのか?戦時中の服装に見る庶民の知恵と統制の真実

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一方、男性の服装は国家主導で強力に規格化が進められました。1940年11月、勅令によって国民服が制定されます。カーキ色(国防色)を基調とした軍服に似たデザインで、甲号(テーラードカラー)と乙号(開襟または立襟)のスタイルが定められました。

当初は奨励にとどまっていた国民服ですが、1943年には事実上の国民服の義務化が進み、役所、学校、民間企業を問わず、成人男性の標準的なユニフォームとして定着します。国民服は礼装としても認められていたため、冠婚葬祭から日常業務、防空活動まで、あらゆる場面がこの一着でまかなわれるようになりました。

足元には「ゲートル(巻き脚絆)」と呼ばれる長細い布帯を巻くスタイルが一般的でした。戦時中のゲートルの巻き方は、足首から膝下に向かって布を斜めに固く巻き上げ、最後に紐で結び留めるというものです。この装備はズボンの裾が障害物に引っかかるのを防ぐだけでなく、長時間の歩行による足の鬱血や疲労を軽減し、破片による外傷から脚を守る実用的な意味を持っていました。

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