日航機墜落「生存者殺害」の真相|なぜ自衛隊疑惑や陰謀論が消えないのか

日航機墜落「生存者殺害」の真相|なぜ自衛隊疑惑や陰謀論が消えないのかにまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

陰謀論が生まれる最大の温床となったのが、墜落当夜における御巣鷹の尾根の救助の遅れ理由と、関係機関による初動判断の重大な混乱です。

123便がレーダーから消えた18時56分以降、現場の位置特定を巡って情報が錯綜しました。防衛庁(当時)のレーダー航跡追跡、警察庁、運輸省(当時)の報告の間で、「長野県南佐久郡」「群馬県上野村」「長野県御座山」など墜落地点の情報が二転三転し、地上部隊の進軍ルート決定に致命的なタイムロスが生じました。夜間の山岳地帯における視界不良や険しい地形、通信インフラの不備も重なり、自衛隊や警察の救助隊が尾根に到達したのは事故発生から約16時間が経過した翌朝8時半以降でした。

さらに疑惑を深める要因となったのが、日航機事故における米軍救助拒否の真相です。墜落直後、米空軍横田基地所属のC-130輸送機が現場を発見し、米海兵隊の救難ヘリコプターが現場上空へ急行して救助準備に入っていました。しかし、米軍ヘリの乗務員の証言によれば、「日本政府・自衛隊側から自力救助の方針が伝えられ、帰投命令が出たため現場を離脱した」とされています。

主権国家としての指揮権の問題や、夜間山岳救助のリスク判断といった行政側の事情があったにせよ、即時救助の好機を逃したこの判断は、後に「自衛隊が何かを隠すために米軍を追い払ったのではないか」という日航機事故における自衛隊への疑惑へと直結していきました。

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