山本五十六の遺体は軍刀を握り座っていたのか?密林の死因と神話の真相
山本長官の死を巡っては、遺体収容直後から現在に至るまで「機上ですでに即死していたのか、それとも墜落後もしばらく息があり、密林の中で息絶えたのか」という山本五十六 即死説 疑惑が激しい議論を呼んできました。この謎を解く第一級史料が、現地で遺体を検分した海軍軍医・田淵落佐および蜷川親道軍医らによる山本五十六 検死報告書です。
検死記録によれば、長官の遺体には主に2箇所の決定的な銃創が存在していました。
- 下顎部から左側頭部(あるいは右眼上部)へ抜ける貫通銃創:米軍戦闘機のブローニング12.7mm機銃弾が下顎付近から侵入し、頭蓋骨を粉砕して頭頂部へ抜けていた。顔面には激しい損傷があり、眼球突出と頭蓋破壊が見られた。
- 背部から右胸部へ抜ける貫通銃創:機体の後方から撃ち込まれた弾丸が背中から侵入し、肺や胸腔を破って右胸に抜けていた。
この検死所見から導き出される山本五十六 死因 真相は、空中戦の段階で機銃弾を浴びたことによる脳破壊および失血による「機上即死」です。もしこれが事実であれば、長官は墜落の炎や衝撃に苦しむことなく、意識を失ったまま絶命したことになります。海軍はこの「従容たる機上戦死」を公式発表として採用しました。
しかし、一部の法医学専門家や現場に立ち会った陸軍軍医の間からは、傷口からの出血が墜落現場周辺の衣服やシートに大量に残留していた点や、顔面の表情に苦悶の痕跡が残されていたとする証言も浮上しています。そのため、「墜落のショック死、あるいは墜落後に数分から数十分間生存し、呼吸器不全で絶命したのではないか」という仮説が長年燻り続けました。現在では、大口径機銃弾による頭蓋・脳幹の粉砕状況から見て、意識を保って生き延びることは生物学的に不可能であり、法医学的見地からは「機上でのほぼ即死」であったという見解が有力視されています。