藤子不二雄の安孫子素雄とは?解散の真相と藤本弘との知られざる絆
漫画作品が持つダークで陰惨な一面とは裏腹に、実際の安孫子素雄氏は極めて社交的で快活な紳士でした。業界内でも屈指の「遊びの達人」として知られ、夜の銀座や六本木での華やかな交友関係、ゴルフや海外旅行、麻雀など、人生を謳歌する達人だったことは有名です。
自宅で静かに家族と過ごし、休日はプラモデルや鉄道模型に没頭したインドア派の藤本氏とは、ライフスタイルにおいても鮮やかな対照をなしていました。かつてトキワ荘仲間が語った手記によれば、「藤本氏が自室で黙々とネームを練っている間、安孫子氏は編集者や仲間を引き連れて街へ繰り出し、人脈を広げていた」といいます。外部との交渉窓口やプロデューサー的な役割を安孫子氏が担ったからこそ、コンビ初期の営業やスタジオ運営が円滑に回っていた側面は否定できません。
ネット上の読者コミュニティやSNSでも、安孫子氏の人柄を偲ぶ声は絶えません。「子どもの頃はブラックな作風が怖かったが、社会人になって挫折を経験してから喪黒福造の言葉が骨身に染みるようになった」「サイン会で本当に気さくに握手してくれ、ファンの目を見て『ありがとうね』と声をかけてくれた温かさが忘れられない」といった書き込みが数多く見られます。人間の弱さを誰よりも理解していたからこそ、生身の人間に対してどこまでも優しく接することができた作家だったことが伺えます。