町田市はなぜ神奈川県と誤解される?三多摩移管の歴史と生活圏の真相
町田市と神奈川県の関係を語る上で欠かせないのが、相模原市との境界を流れる「境川(さかいがわ)」を巡る大規模な境界線変更プロジェクトです。
かつて境川は激しく蛇行して流れており、川の蛇行に沿って都県境が引かれていました。しかし、昭和から平成にかけて水害防止のための河川直線化改修工事が行われた結果、「川を渡った先にあるのに東京都町田市」「自宅の目の前が神奈川県相模原市」という飛び地が市境沿いに無数に発生してしまったのです。
住民票の交付、ゴミ収集、上下水道の管理、消防・警察の管轄などで生じる極端な不便を解消するため、町田市と相模原市は1999年から複数回にわたり、同面積を互いに交換する形で大規模な「県境変更」を実施してきました。2020年代に至るまで段階的に整理が進められたこの事業は、自治体の境界線を実態に合わせて再編した全国的にも極めて珍しい実例として知られています。
また、ネット上では定期的に「町田市と相模原市が合併して新しい政令指定都市になるのではないか」という噂が飛び交います。両市は経済圏を完全に共有しており、総務省の広域連携事業でも密接にタッグを組んでいます。しかし、都府県を跨ぐ合併には国会での法改正や東京都・神奈川県双方の議会承認など極めて高い政治的ハードルが存在します。現実には「合併」ではなく、図書館の相互利用や防災協定など、県境の壁を越えたシームレスな実務提携を深めるアプローチが取られています。