田中角栄とロッキード事件の真相|5億円の謎と昭和最大の疑獄を徹底解説

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事件の発端から司法判断が確定するまで、実に四半世紀以上の歳月が費やされました。ロッキード事件 年表 経緯を辿ると、激動の昭和政治史が鮮明に浮かび上がります。

ロッキード事件の土壌となったのは、1974年にジャーナリスト・立花隆氏が月刊誌『文藝春秋』に発表した「田中角栄研究―その金脈と人脈」に端を発する田中角栄 金脈問題でした。金権政治への批判が噴出して退陣に追い込まれた田中でしたが、首相退任後も自民党最大派閥「田中派(木曜クラブ)」を率い、「闇将軍」として絶大な権力を握り続けていました。その矢先に炸裂したのが、米議会発のロッキード疑惑だったのです。

  • 1972年(昭和47年)8月:田中角栄首相とニクソン米大統領によるハワイ日米首脳会談。貿易赤字解消のため米国製航空機の購入が議論される。
  • 1972年(昭和47年)10月:全日空 トライスター機 受注が正式決定(マクドネル・ダグラス社のDC-10を逆転して選定)。
  • 1976年(昭和51年)2月:米上院チャーチ委員会でコーチャン証言。「日本の高官に多額の資金を提供した」と暴露。
  • 1976年(昭和51年)7月27日:東京地検特捜部、田中角栄前首相を外国為替及び外国貿易管理法違反容疑で逮捕(後に受託収賄罪で追起訴)。
  • 1976年(昭和51年)8月:田中角栄、保釈保証金2億円を納付して保釈。
  • 1977年(昭和52年)1月:東京地方裁判所で初公判が開廷。田中は一貫して無罪を主張。
  • 1983年(昭和58年)10月12日:ロッキード事件 裁判 判決(東京地裁一審判決)。田中角栄に対し懲役4年・追徴金5億円の実刑判決。
  • 1987年(昭和62年)7月:東京高等裁判所、田中の控訴を棄却。即日上告。
  • 1993年(平成5年)12月16日:田中角栄、最高裁上告審の係属中に75歳で死去(公訴棄却決定)。
  • 1995年(平成7年)2月:最高裁判所、榎本敏夫秘書らに対する上告審判決において、「田中角栄元首相には全日空の航空機選定に関して総理大臣としての包括的な職務権限があり、5億円の受託収賄が成立する」と認定。司法判断としての事実認定が確定。

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