トルコの首都はなぜアンカラ?イスタンブールではない決定的理由と真相

トルコの首都はなぜアンカラ?イスタンブールではない決定的理由と真相について見逃せない 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

アンカラが選定されたもうひとつの決定打は、極めて現実的な軍事的安全性と兵站(ロジスティクス)の優位性です。アナトリア高原の中央に位置するアンカラは、海からの侵略に対して鉄壁の防衛力を誇る天然の要塞でした。

第一次世界大戦後、ギリシャ軍をはじめとする敵対勢力はアナトリア西部から内陸に向けて急速に進軍してきました。もし首都が海岸沿いのイスタンブールやイズミルであれば、敵の近代海軍による艦砲射撃や海上封鎖によって即座に陥落してしまいます。実際、トルコ独立戦争の分水嶺となった1921年の「サカリヤ川の戦い」において、戦火はアンカラの西わずか数十キロの地点まで迫りました。しかし、内陸深くに本拠地を構えていたからこそ、トルコ軍は広大な空間を利用して敵の補給線を延びきらせ、起死回生の反撃に転じることができたのです。

当時のアンカラは決してただの不毛な田舎町ではありませんでした。1892年に開通していたアナトリア鉄道の終点であったため、各地の前線へ兵員や物資を送り届ける輸送ハブとして機能していたのです。さらに、古くから電信網が整備されていたことから、全国の抵抗組織や軍司令部と迅速に連絡を取り合える情報拠点でもありました。「外敵の艦砲が届かない内陸の安全性」「鉄道と電信による指揮統制のしやすさ」、この2つの地政学的条件を完璧に満たしていた場所こそがアンカラでした。

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