横浜ロック座の現在と跡地|閉館の真相から紐解く昭和歓楽街の栄枯盛衰

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ネット上の掲示板やSNSでは、横浜ロック座の閉館時期や歴史についてしばしば事実と異なる情報が流布しています。ここでは取材に基づく2つの代表的な誤解を是正します。

誤解1:「2005年の黄金町浄化作戦で摘発・閉館した」という説

京急線の日ノ出町駅から黄金町駅にかけての高架下で展開された2005年の「バイバイ作戦(神奈川県警による不法風俗店一斉摘発)」によって横浜ロック座も姿を消した、と語られることがありますが、これは完全な時代錯誤の混同です。横浜ロック座の閉館はそれよりはるか前の昭和末期から平成初頭の時期であり、黄金町エリアの違法風俗店舗群の摘発とは直接の因果関係がありません。

誤解2:「川崎ロック座が横浜から移転した劇場である」という説

川崎ロック座は横浜ロック座の後継として移転新設されたものと誤認されるケースが見受けられますが、両館はもともと東洋興業傘下の別個の劇場として並立していました。それぞれの街が持つ労働者性や地域文化に合わせて興行が組まれており、横浜が閉館した後に神奈川県内の受け皿として川崎が存続したという経緯が、移転説としての誤解を生んだ要因です。

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