万波中正の横浜高校伝説|特大弾と147キロ二刀流、知られざる苦悩
万波中正の驚異的な身体能力は、高校入学以前からすでに全国レベルで突出していました。東京都練馬区出身の万波選手は、練馬区立開進第二中学校時代に「東練馬リトルシニア」で硬式野球に打ち込む傍ら、学校の陸上部にも所属していました。中学時代の陸上大会では、専門的な陸上練習を野球の合間に行う程度だったにもかかわらず、100m障害(ハードル)および砲丸投げの東京都大会で優勝(2冠)を達成しています。
短距離のスプリント能力、柔軟な股関節の可動域、そして上半身の爆発的なパワー。当時からプロのスカウト関係者が「陸上1本でもオリンピックを目指せるレベルの逸材」と舌を巻いた身体能力を引っ提げ、万波選手は神奈川の超名門・横浜高校の門を叩きました。当時のチームを率いていた平田徹監督も、入学直後の体力測定で歴代トップクラスの数値を叩き出す万波選手のフィジカルに強い衝撃を受けたと報じられています。