相葉くんの昔が美少年すぎると話題!Jr. 時代と嵐結成秘話を徹底検証
デビュー後、順風満帆に見えたアイドル人生に突如として暗雲が立ち込めたのが、2002年3月の出来事でした。嵐の単独ハワイファンツアーを控えた練習中、相葉さんは胸に激痛を覚えて救急搬送され、右自然気胸と診断されます。これがいわゆる相葉雅紀気胸入院の真相の始まりでした。肺に穴が開き空気が漏れるこの病気により、緊急手術を受けた相葉さんは、胸にドレーン管を挿入された状態で絶対安静を余儀なくされます。
ハワイのステージには同行したものの、激しい運動を固く禁じられた相葉さんは、メンバー4人が汗だくで歌い踊る姿をステージ袖のパイプ椅子から見つめるしかありませんでした。当時の特番インタビューや本人の告白によれば、この時相葉さんは「自分のせいで嵐のバランスを崩してしまった」「もうアイドルとして歌って踊ることはできないのではないか」と、毎晩病室のベッドで涙を流したといいます。さらに9年後の2011年6月にも左肺の気胸で再入院を経験。度重なる肉体の限界は、彼にとって最大の挫折であり、同時に「自分にしかできない役割とは何か」を死に物狂いで模索する転機となりました。
その苦悩の底から彼を救い上げ、タレントとしての才能を完全に開花させたのが、2004年にスタートした日本テレビ系バラエティ番組『天才!志村どうぶつ園』でした。MCを務めるコメディ界の巨匠・志村けんさんのもとで、相葉さんは「飼育係」として体当たりの猛獣ロケや過酷な動物救助ロケに身を投じます。
カンガルーに本気で蹴られ、ライオンやトラにビクビクしながらも決してカメラの前で逃げ出さず、泥だらけになって動物たちと心を通わせる相葉さんの姿は、それまでの「カッコいいジャニーズアイドル」の固定観念を完全に打ち砕きました。志村さんは生前、相葉さんについて「あいつは計算で動かない。常に本気で、心が綺麗だから動物も人間も心を開くんだ」と絶賛していました。過酷な病を乗り越えた相葉さんは、泥臭さを恐れない唯一無二のポジションをこの番組で獲得したのです。