ザ・ベストテン』はなぜ突如終了したのか?最高視聴率41.9%の衝撃真相
12年間にわたる放送の中で、数々の昭和歌謡ヒット曲ランキングが誕生しました。その頂点として語り継がれているのが、1981年に寺尾聰が放った「ルビーの指環」による大記録です。
寺尾聰は同曲で12週連続第1位という番組史上最長の連続記録を樹立。さらに、同一週のトップテン内に「SHADOW CITY」「出航 SASURAI」を含む3曲が同時にランクインするという前代未聞の快挙を成し遂げました。番組側は敬意を表し、スタジオに寺尾専用の特製「赤いソファー」を設置。このソファーは、現在に至るまで音楽番組の伝説的シンボルとして語り草となっています。
番組の歴史を彩った主要な金字塔データを、現在の放送・音楽市場の基準と比較した表が以下となります。
中森明菜の通算69週1位をはじめ、近藤真彦、田原俊彦、松田聖子らが繰り広げた80年代アイドルの黄金対決は、毎週のランキング変動自体が極上の連続ドラマとして機能していました。数字の裏付けがあるからこそ、歌手たちの歓喜や悔し涙が視聴者の琴線に直接触れたのです。