昭和の流行語「オヨヨ」の元ネタとは?桂三枝と小林信彦の論争の真相

昭和の流行語「オヨヨ」の元ネタとは?桂三枝と小林信彦の論争の真相について押さえておきたい ポイントを分かりやすく解説いたします。

多くの昭和世代が「オヨヨ」と聞けば、桂三枝が椅子からずっこけながら叫ぶギャグを記憶しているはずです。1970年代、MBSテレビの伝説的公開バラエティ『ヤングおー!おー!』やラジオ『MBSヤングタウン』を通じ、この言葉は瞬く間に日本全国の茶の間へ浸透しました。当時の番組最高視聴率は関西地区で30%超を記録し、小学生から大学生までが日常的に「オヨヨ!」と叫ぶ一大社会現象を巻き起こします。

だが、このフレーズをゼロから考案したのは芸人ではありませんでした。真の創始者は、雑誌『マンハント』元編集長であり、日本のユーモア・ミステリー小説の旗手として知られる作家・小林信彦です。小林は1970年、中原弓彦名義で雑誌連載をスタートさせた代表作『オヨヨ大統領の悪夢』をはじめとする「オヨヨ大統領シリーズ」において、奇妙な怪盗「オヨヨ大統領」のトレードマークとなる奇声として「オヨヨ」を生み出しました。

問題が勃発したのは1972年から1973年にかけての時期です。ラジオ番組のリスナーを通じてこの言葉を知った桂三枝が、自身のトークや舞台で無断使用を開始。テレビの破壊的な電波に乗って流行語化すると、大手プロダクション主導で「オヨヨ」を冠したレコード企画やキャラクターグッズの商業展開まで水面下で進められる事態に発展しました。

自身の生み出した分身ともいえる言葉が、活字への敬意もないまま安易に消費され、巨額の芸能ビジネスに組み込まれていく現実に直面した小林信彦は激怒。新聞や文芸誌のコラムを通じて厳重な抗議文を叩きつけました。これがメディア史に残る「オヨヨ論争」の真相です。小林は自著『笑学百科』や『日本の喜劇人』などの中でも当時の生々しい憤りを振り返っており、「活字表現がテレビという巨大資本の怪物に無断で収奪された屈辱」を切烈に告白しています。

関連記事