平成の天皇誕生日はなぜ祝日にならない?12月23日平日化の深層と復活論
多くの国民が違和感を覚える最大の理由は、4月29日が現在も「昭和の日」として祝日であり続けている事実との落差にあります。昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御された際、4月29日を平日へ戻す動きは直ちに封じられました。最大の理由は、4月下旬から5月上旬にかけて形成されていた「ゴールデンウィーク」の大型連休を維持する必要があったためです。 当時の国会審議や閣議決定の記録をたどると、4月29日を突如平日に戻せば、観光産業や交通インフラ、ひいては国民生活全般に計り知れない経済的打撃を与えるという試算が大きく作用していました。そのため、自然を愛好された昭和天皇の御動静にちなみ、まずは「みどりの日」として祝日法の趣旨を変えて存続させました。その後、平成17年(2005年)の祝日法改正によって、激動の昭和を記憶し国の将来を考える日として「昭和の日」へと名称変更され、現在に至っています。 これに対して平成の終わりは、状況がまったく異なっていました。12月23日は前後に祝日が連続しておらず、飛び石連休や大型連休を構成していませんでした。連休の崩壊による社会経済への急激な悪影響が限定的であったことに加え、何よりも決定的な違いは「崩御による代替わり(昭和)」ではなく「ご存命中のご退位による代替わり(平成)」であったという憲政史上の特異点です。この退位の形態そのものが、12月23日を祝日として残す道を塞ぐ最大の要因となりました。