山本五十六の戦死はなぜ防げなかったのか?暗号解読と海軍甲事件の衝撃真相

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山本長官の戦死という未曾有の事態を、大本営は直ちに公表することができませんでした。敵に暗号解読の確信を与えないため、そして何より国民に与える精神的打撃があまりに大きすぎたためです。事件の一報は1ヶ月以上も秘匿され、後任の連合艦隊司令長官に古賀峯一大将が就任した後の昭和18年5月21日、ようやく大本営発表が行われました。

「連合艦隊司令長官 海軍大将山本五十六閣下は、本年4月、前線において敵と交戦中、壮烈なる戦死を遂げられたり」

同時に元帥府に列せられ、元帥海軍大将の称号が追贈されました。同年6月5日には、日比谷公園において皇族以外では東郷平八郎以来となる国葬が厳粛に執り行われました。沿道には数万の市民が詰めかけ、悲嘆の涙を流しましたが、その厳粛なセレモニーの陰で、軍令部は暗号が破られていた可能性を徹底検証することなく蓋をしてしまったのです。

国民には「見事な戦死」として美しく脚色された物語が配給され、情報戦での完全な敗退という本質は闇に葬られました。その結果、海軍は翌昭和19年3月に古賀峯一新長官も悪天候による航空事故で失う「海軍乙事件」を引き起こし、機密書類が米軍の手に渡るなど、情報の杜撰な管理による悲劇を繰り返すことになります。

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