緑川アコ『カスバの女』なぜ伝説になった?ハスキーボイスの真相と現在
昭和歌謡の傑作として名高い『カスバの女』は、作詞・大高ひさを、作曲・久我山明のコンビによって生み出されました。初出となる発売年は1955年(昭和30年)。日本コロムビアから歌手のエト邦枝が吹き込んだSP盤がオリジナル音源です。
当時の日本は戦後復興の途上にあり、映画『望郷』(原題:Pépé le Moko)に代表されるフランス映画のアルジェリア・カスバ(城塞・旧市街)の情景や、外人部隊の無国籍な哀愁が文化的な憧れとして消費されていました。エト邦枝版は発売当初、爆発的なミリオンセラーには至らなかったものの、新宿や銀座の酒場を回る「流し」のミュージシャンたちによって夜の街へ歌い継がれ、知る人ぞ知る地下水脈のようなロングセラー(裏ヒット)となっていた経緯があります。
この埋もれた名作に目をつけたのが、1960年代後半にムード歌謡路線で急成長を遂げていたクラウンレコードでした。哀切に満ちたメロディを現代的なアレンジとともに蘇らせるプロジェクトにおいて、白羽の矢が立ったのが新人・緑川アコでした。